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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)7441号 判決

原告 宮島道雄 外二名

被告 国

訴訟代理人 鰍沢健三 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、

被告は原告らに対し、原告ら先代宮島道治に対する臨時物資需給調整法違反被疑事件につき東京地方検察庁が保管する(1) 外国製婦人持四型金色時計四個(2) 金色角型時計六個(3) 男物八型金色時計三個(4) 男物十型三針時計十個(5) 金メツキの鎖五個を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求原因として、

一、原告ら先代は原告らの肩書地で、時計商を営んでいたが、昭和二十六年十一月十四日臨時物資需給調整法違反の嫌疑で逮捕され、同時に荻窪警察署勤務司法警察員吉田勝は同法第一条に基く指定生活物資配給規則第二十条の四に違反して何ら法定の除外事由がないにもかかわらず、請求趣旨記載物件(以下本件物件という)を所持しているとして、これを差押え、同日身柄と共に右物件を東京地方検察庁に送致した。

二、東京地方検察庁所属検事岸川敬喜は、右事件を担当し、同年同月十九日処分保留のまゝ身柄を釈放し、翌昭和二十七年三月二十六日右事件を起訴猶予による不起訴処分に付したので、右物件は原告ら先代に返還すべきであつたにもかかわらず何らの権限もなく、国庫に帰属せしめる手続を了し、現に東京地方検察庁がこれを保管している。

三、よつて右物件の所有権は原告ら先代に属していたものであるところ、原告ら先代は昭和二十八年十月十二日死亡し、原告らはその遺産を相続したので、右所有権に基き、被告に対してその引渡しを求める。

と述べた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、

第一項の事実、第二項の事実のうち、原告主張のとおり身柄を釈放し、不起訴処分に付したこと、本件物件につき国庫帰属の手続を了したこと、第三項の事実のうち、原告らが先代を相続したことは認める。その余の事実は否認する。原告ら先代は昭和二十六年十一月十九日東京地方検察庁に対し本件物件につき所有権放棄の意思表示をしたものであり、同日国がその所有権を取得したものであるから、岸川検事が国庫帰属の手続をしたことは違法ではない。

と述べた。

原告ら訴訟代理人は被告の答弁に対し、次のとおり述べた。

一、原告先代が昭和二十六年十一月十九日本件物件につき所有権放棄書と題する書面を差し入れたことはあるが、それには条件があつた。即ち原告先代は当日岸川検事から「本件物件に対する所有権を放棄すれば簡易裁判所に略式命令を請求する。略式請求に不服があれば七日以内に異議を申立てよ。そうすれば公判請求をすることとなる。そして有罪となれば右物件は没収されるけれども、無罪となれば右物件は返還される」旨を告げられたので、当初より無罪を確信していた原告ら先代は、正式裁判により無罪判決をえて物件を取り返す決意で、所有権放棄には反対したが、しかし七日以内に異議を申立てれば、一たん所有権放棄の意思表示をしても、それは無効に帰するものと解して所有権放棄書に署名押印した。即ち略式請求に対する異議申立を解除条件として所有権放棄の意思表示をしたのである。そして原告ら先代は七日の期間内である同月二十四日検察庁に出頭し略式手続によることに異議を申立てたから、これにより右条件は成就し、所有権放棄の意思表示は無効となり、本件物件は再び原告ら先代の所有に帰したものである。

二、仮に右所有権放棄の意思表示が無条件になされたとしても、右物件の所有権が原告先代から離脱したことによつて直ちに被告に移転するものではなく、単に無主物となるに過ぎない。

そして昭和二十六年十一月三十日原告訴訟代理人上村進は岸川検事に対し原告ら先代の代理人として本件物件を返還してもらいたい旨の上申書を提出し、右物件を再び自分のものとする意思を明らかにしたのであるから、右物件の所有権は、原告に復帰したものである。

と述べた。

被告指定代理人は原告らの再答弁に対し次のとおり述べた。

一、原告ら先代は、昭和二十六年十一月十九日岸川検事の呈示した所有権放棄書に無条件で署名押印をしたものであり、そして同時に呈示した略式命令請求に対する不服があるときは、同日より七日以内に異議の申立をなすべき旨の告知の請書にも署名指印をした即ち右所有権放棄は異議の申立をその解除条件としたことはない。

二、原告ら先代の所有権放棄の意思表示は東京地方検察庁を相手方としてなされたものであり、これによつて原告ら先代は本件物件の所有権を失うと共にこれを押収者たる検察庁の支配に委ねる趣旨でなしたものと解すべきであり、地方検察庁は本件の所有権を取得するために(右意思表示を受けたものと解すべきであるから、右所有権放棄と共に国は本件物件の所有権を取得したものというべきである。

仮りに原告主張の如く原告ら先代の所有権放棄の意思表示によつて本件物件が無主物となつたとしても、原告ら先代は、本件物件につき何らの占有をも有していないから岸川検事に対し右物件の返還を求めたからといつて、原告ら先代が右物件の所有権を取得する理由がないなお原告主張の日岸川検事が原告ら先代の代理人から上申書を受領したことは認める。

と述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告ら先代が原告主張のとおり臨時物資需給調整法違反の嫌疑で逮捕され、本件物件を差押えられ、身柄ととも東京地方検察庁に送致されたこと、昭和二十六年十一月十九日処分保留のまま路柄を釈放され、昭和二十七年三月二十六日右事件は起訴猶予による不起訴処分に付されたこと、ところが検事において右物件を国庫に帰属せしめる手続をしたことはいずれも当事者間に争がない。

被告は本件物件は、原告先代が無条件に所有権放棄の意思表示をしたものであると主張するのどこの点につき判断する。

成立に争のない乙第一号証の記載、証人岸川敬喜、同溝杭儀市の各証言によれば、岸川検事は、昭和二十六年十一月十九日原告ら先代を釈放するに当り、本件物件は当局の許可がなければ所持することができないものである旨を告げ、原告ら先代もこの趣旨を了解して何らの条件をも附せず、岸川検事の呈示せる東京地方検察庁宛ての所有権放棄書に署名指印をなし、同時に呈示せる略式命令請求に対して不服があれば同日より七日以内に異議申立ができる旨の告知の請書にも署名指印をして、ともに同検事に差入れたことが認められるから、原告ら先代はこれにより本件物件に対する所有権を放棄したものといわなければならない。ところで原告らは右所有権放棄は略式請求に対する異議申立を解除条件としてしたものであると主張するが、乙第一号証人川端福次の証言によるもこれを認めるに足らず、他に右事実を認めるに足る証拠がないから原告らの右主張は採用することができない。

原告らは右所有権放棄の意思表示が無条件になされたとしても、直ちに右物件の所有権が被告に移転するものではなく、単に無主物となるに過ぎない。そして原告訴訟代理人上村進は昭和二十六年十一月三十日原告ら先代の代理人として、岸川検事に対し右物件を返還してもらいたい旨の上申書を提出し、右物件を再び自分のものとする意思を明らかにしたのであるから右物件の所有権は原告に復帰したと主張する。しかしながらさきに認定の事実によると、原告ら先代の所有権放棄の意思表示は東京地方検察庁の保管にかかる本件物件につき同庁に対してなされたものであり、これによつて原告先代は本件物件の所有権を失うとともに、所有権を国に復帰せしめる意志でなされたものと認められ、又検察庁も本件物件の所有権を国の為に取得する意志で右意思表示を受けたものと認めるのが相当である。そうすると本件物件が原告ら先代の所有権放棄により無主物をなつたことを前提とする原告らの右主張は失当として排斥を免れない。

よつて本件物件の所有権に基いて、その返還を求める原告らの本訴請求はその余の主張について判断するまでもなく失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原英雄)

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